ホーム > ライブラリー > マーケティング・アナリティクス > HAL9000への漸近線 > 最終回:マーケノイドとしての Teradata
山本 泰史
マーケティング統括部
マーケティング部 スペシャリスト
最後にまとめとして、Teradata というデータベース管理ソフト、もしくはデータウェアハウスが HAL9000化する意義、そして本質的な HAL9000 との違い、そして人間(ヒト)の本質的な役割分担について考察を加えます。なぜって、これがある部分では HAL9000 に近づく可能性を有しており、しかしながら、ある一方では根本的に異なっているように思えるからです。
Teradata は主にビジネス用途で使われています。単純な機能としてみた際にはデータを管理/蓄積し、データ操作言語を介して、利用者に対してサービスを提供するに過ぎません。しかしながらその威力は現在の企業体が必要なデータを全てハンドリングし、要求されるサービスの総量に対処するに充分なものです。にも関わらず、現在の所その利用の多くは、レポーティングや非定型分析といった形で、リクエストされたサービスに対処するのみです。企業システムの最後方に位置し、企業内外で発生する多くのデータを飲み込みますが、そこに内在されている知識や指示、アドバイスやサジェスチョンを導き出せるかは利用する側の自発性に委ねられています。何か重大な事態がデータに反映されても、利用者が質問を投げかけなければ、それはコンピューターの中に佇むのみです。結果、インプットされるデータの量に対して、アウトプットされる知識の量が少なかったり、恒常的でなかったりする事態も発生することになります。そのこと自体に価値が無いとは言いませんが、果たして充分なのかと言われれば、疑問が残ります。
2001年宇宙の旅に描かれた架空のコンピューター、HAL9000 と Teradata を重ね合わせたのは、そんな問題意識からでした。恒常的にデータから知識を析出するためには、入ってくるデータと、過去からの履歴データを共に用い、それに対して様々な観点から吟味するプロセスを自動化する必要があります。この吟味プロセスの具現化が SQLベースの自動化ロジックであり、このロジックを幾つ実装できるか、どのようなロジックを実装できるかで、データからアウトプットされる恒常的知識の量が決定されると考えます。ある SQL は離れていってしまいそうな顧客を発見するでしょう。別の SQL は特定のサービスが、ある年齢層の顧客に人気なのを発見するかもしれません。粛々と顧客マスター上の重複を発見する SQL もあれば、丁寧に最新の顧客マスターを他システムに提供する SQL もあることでしょう。このような形で、データがへろへろに萎む位に知識を搾り出せれば、後は活用できる形でそれを差し出すだけです。利用者に通知して判断を仰ぐ、他のシステムに必要な指示を行なってキャンペーンを実行させる...利用者のリクエストに答えつつこれらのことを能動的に実行できれば、データウェアハウスはバックエンドシステムとして奥座敷に鎮座する役割から、司令塔としてタクトを振り、企業活動全般を能動的に支援していく役割へと拡大します。これによって数々の社員、幾つものチャネルが有機的に結合し、真の意味で単一の企業体として機能するのを支援するようになるのです。そして顧客管理というビジネスプロセスに目を移したとき、顧客それぞれが置かれた状況を理解し、それぞれに応じて洗練されたコミュニケーションを行なう能力、多くの顧客と対峙していても、あたかも 1人の顧客と接しているかのような対応能力を身につけることになります。
またこのような能力は、利用者であるマーケター個々人のケイパビリティを拡大することにもつながります。マーケターから見た場合、データウェアハウスはマーケノイド(Markenoid)、つまりマーケターに成り代わってキャンペーンを代行するエージェントの役割を果たすのです。マーケターになり代わってデータウェアハウスに流れ込むデータの逐一をつぶさに調べ上げ、何かおかしな事態(=データの変化)が発生していないかをモニタリングします。そして事前に想定した範囲外の事象が発生した場合にはエスカレーションを行うか、事前に取り決めされた行動を駆動します。
その意味で、あの映画が表現したマシンコンセプトは、2001年を過ぎた現在、実用レベルに達してきています。しかもそれは、学術/研究機関ではなくビジネスの領域で、そして先端テクノロジーの結晶ではなく量産可能なテクノロジーの組み合わせで実現されているのです。例えば、こんなようなことが実現可能となっています。
小売業 - 事前に過去の購買行動に基づくクロスセル商品のリストアップと、顧客収益価値のスコアリングを行っておく。顧客来店時に購入した商品をオファーリストから除外し、リスト上で優先順位の高い商品を、POSレジ端末を通じてクーポン案内する。クーポンに記述される割引額は、顧客収益価値と商品利益率に基づいて自動的に決定される。
銀行業 - ATM端末で残高以上の引き落としをリクエストする顧客に対して、貸越オファーをするべきか、すべきとしたら限度額を幾らに設定すべきかを即時決定、その場で ATM端末を通じてオファーを行なう。この判断にはクレジットスコア、定期的な入金があるか等と共に、引き落としリクエストのあった ATM端末のロケーション、時間帯を考慮に入れる。例えば繁華街で夜間の引き落としはオファー提供に対するネガティブファクターとして考慮する。
航空業 - フライト遅延時に乗り継ぎ代替便をあてがう顧客の優先順位を決定する。判断基準として収益性スコア、離反確率、過去の同一事象発生回数とその際における自社の対応を考慮にいれる。遅延発生をトリガーに、搭乗口で案内を行なうオペレーターの画面には優先順位順に並んだ搭乗者のリスト、不満緩和のためのトリートメントオファー(代替便待ち時間までのラウンジ利用/誘導、夕刻から夜間の時間帯であれば宿泊受け入れ先確保のためのホテル電話番号等)がポップアップ表示される。また後日、お詫びのためのフォローアップメールが自動送信される。
通信業 - 競合サービス事業者が割引プランを仕掛けた際、収益性スコア、離反確率、そして当該競合プランを顧客が採用した際の自社プランとの費用比較に基づいて、能動的にカウンターオファーを案内する。カウンターオファーの候補には利用プラン(ファミリープラン、夜間割引、長期利用割引等)の変更誘導、ポイント付与、将来的な端末切り替え時の割引クーポン等が事前に揃えられている。ここからそれぞれの反応確率を予測して、もっとも反応確率の高いオファーを顧客毎に選択/提案する。
これらは全て、ヤン・カールソンがスカンジナビア航空での経験を元に著し、本のタイトルにも掲げた「真実の瞬間」に焦点があてられています。この 15秒間の顧客体験を臨場感の高いものにするため、過去からの知識と最新の顧客行動、事前の分析からロジックの構築、そして利用者や他のシステムをもオーケストレイトし、顧客対応に結実させることを目論むものです。
でも、データベース上に幾重にも SQLロジックを積み重ね、自動化を推進していけば HAL9000 になるかと言えば、そうではありません。積み重ねた SQLロジックの構造体から自意識や自我、もしくはそれらしきモノが生まれ出でる訳もなく、故に人間の頭脳のように想像力やアイデアを自己増殖させる訳でもないのです。Teradata は類人猿が手にした動物の骨(=道具)と同一線上に存在するものであり、HAL9000 に限りなく近づけたにしても、「自我を有する」という一線に接していません(もちろん HAL9000 が本質的な意味で自我を有していたかもあやふやではあります)。例えば、幸か不幸か現在のテクノロジーに、キャンペーンを自動生成する能力はありません。それは対象となる顧客と、彼らに最もふさわしい商品やサービスの組み合わせを見つけ出し、それをメッセージとして組み立てる能力です。煎じ詰めれば、人間の生活やその情景を思い浮かべ、そこに足りない何かをニーズとして感じ、アイデアに昇華させる能力と言えるでしょうか。テクノロジーは顧客が数千万名に至り、オファーが何百万通りとなり、幾つものチャネルが行き渡った世界でも、まるでたった 1人の顧客に対して接客をしているようなケイパビリティを与えてくれました。でもその世界で何をすべきかというアイデアは、未だマーケターの手の内にあり、それなくして何も始まりません。
将来、アイデアさえもテクノロジーが生産し、マーケターなる人種もお役御免となる日が来るのか、そしてそれが社会にとって良いことなのかは分かりません。結局のところ SQLロジックは人間が思いついたアイデアを単純なレベルに分解し、数式もしくはルール化したものであり、それをつなぎ合わせたものです。テクノロジーはそれを力技で完遂していくための労働集約的な手段に過ぎず、データは顧客という人間を理解するための代替でしかありません。その意味で Teradata は、HAL9000 に近づいても、並び立つことは無いのかもしれません。
でも、マーケターという人間が、顧客という人間のニーズを汲み取り、キャンペーンというアイデアに昇華し、実際に顧客へメッセージを届けるとき、Teradata はこれを愚直に支援します。そしてこれによって、誰かのアイデアが誰かのニーズを満たすという、シンプルながらも素敵なコトが起こります。それは、「データという形で代替表現された現実世界の事象を、誰かが読み取り、そこからアイデアを思いつく」というコト、「どこかで誰かが考え付いたアイデアが、テクノロジーを媒介にして、他の誰かに満足を与える」コト、「結果として価値の交換が成立し、アイデアの出し手がそれを誇らしく思う」コトです。テクノロジーは単なる道具に過ぎません。映画が描いたようなコンピューターの未来像からすれば、まだまだテクノロジーは稚拙です。しかしながら、このような連鎖がよりスムーズに、より効率的に、より効果的に為されるようになるなら、それだけで充分素敵なコトだと思うのです。