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山本 泰史
マーケティング統括部
マーケティング部 スペシャリスト
「エクスペリエンス」とは日本語で、体験もしくは経験を意味する言葉である。1999年に発表された 2つの著作「経験価値マーケティング」(B・H・シュミット著)、「経験経済」(B・J・パインII, J・H・ギルモア著)に端を発し、当時その筋では流行語となり、定着に至っている。この言葉が意味するところは、購買とそれにまつわる顧客のおかれた環境を「顧客が得る体験」として定義し、その体験を臨場感の高いものにすることによって、購買された商品やサービスへの満足を向上させるという考え方である。「経験経済」のサブタイトルは「Work Is Theater & Every Business a Stage」と冠されており、シアトリカルな演出と舞台化によって顧客をもてなすことの意味を説いている。
両著における主眼は、特に識別可能な個人に対するマーケティングに限ったことではない。むしろマスマーケティングや一般的な顧客対応にその力点が置かれている。しかしながらこのような考え方は、顧客データベースを持ち、識別可能な個人にアプローチし、顧客の嗜好をおぼろげながらも知り得る世界において特に有用と言える。顧客が得る体験を臨場感の高いものにするとき、個別化によって臨場感を高めることが、より高い価値を自社と顧客の両方にもたらすからである。
顧客はある商品やサービスを購入し、それを生活の中で消費する。また、生活の中で消費することを前提として店頭に赴き、商品を購入する。さすれば「購買体験」は、購買後の生活体験から逆算され、それを想像させる形で演出されなければならない。これは何も難しい話ではない。例えば食品スーパーにおいてあるレシピカード。素朴ではあるが、これも立派なエクスペリエンスである。食材をコモディティとして位置づけるのではなく、その調理法、栄養成分や効用といった教育/情報提供的側面を訴求し、購買後の生活体験である今夜のダイニングテーブルを鮮明にイメージさせることがその目的となる。これは直接的には買上点数を高めるという施策であるが、その背後にはお子さんやご主人の食事を準備し、彼らの健康を願う主婦が存在している。エクスペリエンスとはこのとき、主婦の生活を尊重し、支援する行為にもなるのである。
商品やサービスが顧客の生活において消費される以上、そこには必ずエクスペリエンスが存在し、それをどのように購買時点で訴求するかは重要なポイントとなる。そしてこのような訴求は前述の学習的手法に限らない。「実感して」もらうために、例えば料理教室を主催することも考えられる。
前述した両著ではこの他にも娯楽的側面、脱日常的側面、審美的側面、情緒的側面、思考的側面、準拠集団や文化との関係的側面等を挙げている。当然ながら商品やサービス、媒体(場)によってどの側面を適用できるかは異なる。例えば化粧品の訴求を考えた場合、TVCM やポスター、雑誌広告が訴求するのは審美的側面が中心になる。百貨店の販売員が化粧方法をアドバイスするのは学習的側面と感覚的側面を併せ持ったものになる。いずれにおいても共通しているのは、商品機能や便益を直接的に訴求するのではなく、購買体験そのものを心地良いものとし、その利用や消費のイメージを鮮やかに描き出すことにある。「経験経済」のサブタイトルを引用するならば、顧客を主役に見立てた舞台を作り、映画のストーリーの中で演じさせることに主眼が置かれるのである。
このような考え方は CRM やダイレクトマーケティングといった言葉で捉えられている手法にも役立てることができる。より正確に表現するならば、このような識別可能な個人とのやりとりこそ、より強力なエクスペリエンスを演出することが可能となる。なぜか。このような手法で重要になるのは背後に存在する顧客の生活を類推することであり、さらに言えば顧客の生活は様々に異なり、それらを識別し、異なる生活様式毎に対応できることが必要になるからである。
例えば、共働きで料理に時間を割くことが出来ない顧客がレシピカードを手に取るだろうか。レディメイドミールや冷凍食品の販売にレシピカードが必要だろうか。これらの背後には、料理をする/しないを基準として、2つの顧客セグメントが存在することを示唆しており、それらを識別する手法が必要になることを意味している。これに基づき、次回は「セグメンテーション」について触れていく。
この記事は雑誌 『チェーンストアエイジ』 (2007年4月15日)に掲載されたものです。