ホーム > ライブラリー > Teradata Insight > プロダクトポジショニング > 第3回:商品の目的と、その分解
山本 泰史 (やまもと やすし)
マーケティング統括部
マーケティング部 スペシャリスト
世の中には膨大な商品が存在し、その購入目的は様々です。それぞれの商品がそれぞれに目的を持っているという多様性だけでなく、それぞれの商品が幾つかの目的を持っているという汎用性が、その特性として存在します。また、消費者は単一の目的を達成するために、様々なバリエーションの中から選択することが可能です。一般的な競合関係にある商品のみならず、一見すると何の関係もない商品も同一目的を達成するために競合することがあります。例えばお孫さんを喜ばせるという目的のもとでは、遊園地とお人形は競合関係にあるかもしれません。この商品と目的における多対多の関係、そしてその関係性をつなげる一本一本の糸を「要素」として読み解くことが、商品を理解するうえで必要となります。
関係性の糸は、商品と、顧客が達成したい目的を橋渡しします。商品には、1. その商品が保持する事実、属性が存在し、それが、2. 何かしら消費生活の中で作用します。ある意味合いを持って生活の中で機能し、生活の一部として位置づけられることになります。また、3. これらの機能性、何らかの作用がもたらす便益、価値が最終的に得られることを、消費者は期待します。この 3つを確認し、自らの生活に必要であると判断すると共に、それに対する対価を支払う価値があると感じるときに、商品/サービスは購入されます。つまり、自らの目的からそれを実現するための糸を手繰り寄せるとき、以下の 3つが手繰り寄せる際の識別子となるのです。いずれにしても、これらを押さえることによって一本の糸を理解し、その向こうに存在する市場を定義することが可能となり、また競合他社も含めた環境の中で顧客に対して適切にアプローチすることが可能となります。
1. その商品が持つ事実、属性
2. その商品がもたらす作用、機能
3. その商品によって得られる便益、価値(達成される「目的」)
この糸を読み解く際に考慮しなければならないのは、複数の便益、複数の機能、複数の属性が存在するという点です。それぞれの商品/サービスは様々な事実から構成されており、様々な生活の中で価値を発揮します。ここでその全てを挙げることは暴挙に近いため、1つの商品としてアイスクリームを取りあげることにします。アイスクリームは、ミルク等の乳脂肪分に、砂糖等を混ぜ合わせ、空気を混入しながら凍らせることによって作られます。この商品を別の言葉で言い換えるのであれば、甘く、冷たく、まろやかな食品ということになり、例えば食後のデザートに味わう一品として位置づけることが可能です。これを上述の 1.−2.−3. に分けて考えると、以下図2 のようになります。
ここで便益の部分では、食後の幸せな気分を味わうためのアイテムとして捉えています。アイスクリームのまろやかな味わいや甘さは、このような感覚を感じるための機能として位置づけられます。おそらく同じ機能で、例えばお風呂上りの開放感を増幅するためのアイテムとして捉えることも可能です。また、この現代社会において消費者がそのように感じるかは別にして、いくばくかの質量とカロリーという事実によって、空腹を満たし、エネルギーを体内に摂り込むという価値も有します。これらアイスクリームによって得られる便益、価値の全て、そしてそれぞれがその商品の「目的」です。
さらに、アイスクリームの細かな事実によっては、別な目的性に対しても適応します。図3 は、アイスクリームを製造する際の空気混入率と、それによってもたらされる作用、そしてそれによって得られる便益の関係を表しています。空気混入率の高いアイスクリームは口溶けが良く、さっぱりとした口あたりとなり、爽快な感覚を得られます。これに対して、空気混入率の低いアイスクリームは重厚で、質的、量的な満足感を与えます。従って空気混入率の高いアイスクリームにとって、ときに競合商品はサイダーやかき氷となり、空気混入率の低いアイスクリームにとっての競合商品として、ケーキが位置づけられることがあるでしょう。また、乳脂肪分含有率が高ければ、こくのあるまろやかなアイスクリームとなり、アイスクリームの本質的な味わいを堪能したい方にとってこれが重要な事実であり、作用となります。しかしながらダイエット中の方にとっては、乳脂肪分(+糖分)がアイスクリームを遠ざける事実ともなり得ます。例えばこのとき、競合商品はワンサイズ小さいスカートになるかもしれません。乳脂肪分という事実が、太るかもしれないという「副」作用を消費者に感じさせ、それが他の便益に対するブレーキとなるのです。
注:この場合、実際にアイスクリームが太るかどうかという事実は議論にしていません。消費者の多くがそのような印象を抱いているという点が、ここでの議論における前提です。
アイスクリームA とアイスクリームB は、限りなく同じに近い成分や製法に基づいてパッケージングされています。もちろんそれぞれの商品ごとに違いは存在し、それは差別化要素と呼ばれますが、これはアイスクリームである限りにおいて微細なものです。その違いはサイダーやかき氷、そしてケーキとの違いからすれば、全く趣きの異なるものであり、ましてやワンサイズ小さいスカートは、その意味合いすら異なります。なぜこのような異なる商品が競合し、人間はその中から選択をするのでしょうか。また逆に、同一商品間の微細な差別化要素から、人間はどのように価値の差異を見出して魅力を感じ、選択へと結びつけるのでしょうか。これを読み解くには、人間の複雑な感情や心理を解明するしかありません。そしてそれは人間自らの英知を以ってしても、未だに謎が多い領域です。とはいえ、ここでの論点は学術的に整理することではなく、人がモノを買う目的を大まかに掴むことであるため、多少乱暴であることを承知の上で、その大別を試みます。
人間は、ある限られた時間の中を生き、その時限を過ぎれば死にゆきます。抽象的かつ観念的に考えれば、限られた時間の中で自らの利益を最大化することが人間の目的となります。自らの時間を労働という形で売りに出し、収入という形で回収します。また、自らの労働価値が最大化されるよう、教育や鍛錬が自らに対して施されます。一方でこのような教育や鍛錬、そして食事や睡眠といったファンダメンタルな生活を進めていく中においては費用が発生し、これにも時間を費やすことになります。従って、これが差し引かれた分が金銭的な、もしくは換金可能な利益であり、自由に利用可能な時間です。しかしながら本質的な利益は、このような経済システム内における位置付けだけでは言い表せません。なぜこのようなことを行なうのか。一つ言えることは満足や幸せ、喜びといった感情と大きく起因しているはずです。そのような瞬間や、その瞬間の連続としての時間を得るために人間は生き、努力をします。また、できることならこのような瞬間、時間だけで自らの人生(限られた時間)を満たしたい、努力なんてしたくないと思う人もいれば、労働そのものの中に喜びを見出す人もいることでしょう。
仮にこのような感情を満足と呼び、人間は本質的な利益=満足を求めるとした場合、その満足は 3つに大別できます。1つは公的な満足、もう 1つは私的な満足、そして最後の 1つは生物種としての満足です。公的な満足は、他者から認められることによる満足です。これに対して私的な満足は、誰が干渉することでもない、個人的なものです。公的満足が社会性もしくは他者性の高いものであり、尊敬され、愛され、重要視されるような結果をもたらすことであるのに対して、私的満足は享楽的であり、倫理観念や経済観念から遊離することが可能であるものです。いずれもその価値の本質は、頭の中で快感として感じる感覚です。その呼び名は癒し、気持ち良さ、感動、快適さ、誇らしさ、嬉しさ、楽しさ、美味しさと色々あるかもしれませんが、これらを感受できるのは五官のインプットを受けた個人の頭脳だけであり、共感や共有こそあれ、自分自身の感覚を他人と授受できる訳ではありません。従って、貨幣価値に換算できるモノでもありません。ある瞬間に自身の頭脳に現れ、いずれ消えていくモノです。
このように考えると、世の中の商品がどのような目的に傅いているか、どのように大別できるかが見えてくるのではないでしょうか。以下は前述した中から抽出した、大別化された目的です。
1. 生命の維持と生存時間の最大化
まず、限られた時間の中を生きる人間は、何よりもその生きる時間を最大化し、それによって利益を最大化したいと(無意識のうちにも)考えるはずです。逆の言い方をすれば死に対する不安や危険を最小化したいと考えるはずです。貯蓄(銀行口座)、セキュリティサービス、医療サービス、国防/警察サービス(税金を払って得られるサービス)、健康食品…このような商品はここに位置づけられます。
また、極めて動物的な意味においても人間は生きています。カロリーを摂取してエネルギーに変え、睡眠をとって休息し、暑さ寒さから身を守るために衣服や居住で周りを固めることによって、血液を循環させ、体温を保ち、その生命を明日へとつなげます。このようなファンダメンタルなニーズを満たすのが、食品、衣料品、住居品や住居サービス、不動産といった商品です。ただし、単にそのためだけであればフォアグラやアイスクリーム、オートクチュールのドレス、大理石の壁やシャンデリアは必要ありません。これらの商品は別な目的性にも結びついています。
2. 生存時間の最大効用
次に、そうは言っても生きる時間には限りがあり、限られた時間を有効に使うことが重要となります。前述した満足を感じるための時間や瞬間を最大化し、自らに対する投資や鍛錬、日常生活における諸々、金銭的利益獲得(典型的には労働)のための、必要悪としての時間は最小化したいと考えるはずです。そのため、クリーニングのような代行サービス(代わりに洗濯してくれる)、辞書(自らの思考類推や調査の手間を省いてくれる)、通信サービス(離れた相手と、時間をかけて会いに行くことなく連絡を取れる)、運輸サービス(離れた場所に行く必要があるとき、歩いていくよりも時間を短縮できる)、電子レンジ、ガスや電子コンロ(火をともして熱する手間を最小化する)等、様々なサービスや商品がこれに該当します。一方でこれらの商品は、それぞれに別の目的があり(クリーニングは自らが着た服を、つまり自らを清潔に見せることが目的)、これらをより省時間で行なうことを可能にしています。そのため、ある商品が持つ目的の別な側面と言えます。また、クレジットカードは今しか消費できない何かのために、将来の労働価値を担保にすることを実現します。これは今という時間を最大効用化できる画期的な概念であり、この目的に最も従順な商品であると言えます。一方で、暇な時間に対処する商品もここに位置づけられます。手持ち無沙汰という表現に代表されるように、人間は一般に、何もすることが無い状態を嫌います。例えば、不意に得られた小さな時間は他の目的−小さな私的満足(例えばテレビゲームのような)に使われることになります。
3. 労働価値の最大化
経済システムの中における目的は、労働価値の最大化です。労働によって獲得利益を最大化することは、前述の生命維持コスト、生存時間最大効用化のためのコストを支払うことも可能とします。これによって本質的な人間としての目的である「満足のために使える時間と資金」を最大化することが可能となります。英会話や資格取得に関するトレーニングだけでなく、自らの価値を高く見せるために用意された、仕立ての良いスーツや小ぎれいな格好(衣料品やHBC商品)もこれにあたります。また、定期預金や株式といった金融商品は、自らが獲得した利益をさらに最大化するための商品です。傷害保険、自動車保険はこの逆で、有事の際に低減する可能性のある、利益(の一部)を保証することを目的にしたサービスです。そして学校教育というサービスは、多くの労働市場において、労働価値単価を確定/増加する上で重視されている商品です。
ただ、学校教育費用の出所が、多くの場合その親から拠出されることは、極めて不可思議な事実です。これは生命保険のような、自分の親族に対するあらゆる見返りを求めない施しにも共通しています。これについては別途整理することとします。
次回は、今回の続きとして人間の本質的な利益=満足に関する目的を整理し、追って目的間の関係について言及していきます。